アーカイブス
今日の旅心
旅心トップ 001〜010 011〜020 021〜030 031〜040 041〜050
051〜060 061〜070 071〜080 081〜090 091〜100 091〜100

番号アユミ、人生の終わりを体験する [2009年3月 ボリビア]

ウユニツアーから帰った夜のこと。
夜中2時頃、急にアユミが起き出し電気を付け「目が痛い!目が見えない!」と騒ぎ出しました。
こっちはちょうど寝付く瞬間だったということもあり、「なんだよーうるさいなー」と見てみると、涙を流しながら目を真っ赤にして「なんか視界が白くもやっとして全然見えない、突発性の白内障になっちゃったかも」と言い出しました。
「ウユニでサングラスしろって言ってもしなかったからでしょ。自業自得。寝りゃ直るよ。多分」と言っても聞く耳も持たず、「私もう一生目が見えなくなっちゃうかも」と大騒ぎでした。
とりあえずその日は僕も疲れてたし、めんどくさいので無視して寝ました。
次の日、起きると「まだ痛い!見えない」と「このまま一生見えないかも」と人生が終わったようなコトを言ってるし、昨日は眠れなかったとグッタリしてたので、とりあえず隣りの部屋にいたケンポコ氏[コイタビ]に「うちのアユミが目が見えなくなったと騒いでますが」と聞いてみました。
するとケンポコ氏は「わはは」と笑い、「そんなに心配してるんだアユミちゃんは。でもそれは目が焼けたからだよ。そういえば昨日アユミちゃんサングラスしてなかったもんね。目薬でもして寝てれば治るよ」と言ってくれました。
するとアユミは多少落ち着いたようでしたが、「でも私は普通の人より元々目が悪いから(0.02以下)」とまだまだ人生の終わりから復帰できないでいると、今度はタンデムチャリダーのフミヤさんが現れ、「あーそれ雪目ですよ」とあっさり。「うちの嫁もなってますよ。目を冷やして寝てれば一日で治りますよ。」と笑われてました。
ネットで調べてみると、確かにその通り。[雪眼炎(雪目)]というらしく、症状もその通りで[心配しすぎないように一晩寝れば治ります]と書いてありました。
タンデムチャリダーのナオミさんの方は、処置が早かったのでその日中に治ったようで、その日は皆でそんなアユミさんのパニックぶりをネタに夕食を食べました。
当の本人はパニックし過ぎたのか38度5分の熱まで出していました。
早とちりはアユミの専売特許ですが、後で聞いたら「もう旅を終わらせて日本に帰らなければ」とか「ウユニのキレイな空が自分が見た最後の空だった」とか「日本に帰っても働けない」「もうパソコンを使えない」とか訳わかんないことまで考えていたようでした。
ほんっとに笑えました。
ちなみに今はもう普通に見えてます。
でもちゃんと見えてるか見えてないは元々疑問だったのでほんとに治ってるかはよく分かりません・・・。[夫談]

番号肉が美味しい、ワインが美味しい [2009年3月 アルゼンチン]

「アルゼンチンで好きなところは?」とバックパッカーに訊いたら、「肉が美味しい!安い!」と「ワインが美味しい!安い!」と言う人はかなり多いはず。 アルゼンチンは牛肉が安くて美味しいと有名で、スーパーに行くと日本ではそう売っていないような肉の塊がどんどんっと売っています。
お肉は種類がいろいろあり、金額といえばリブロース[Ojo de bike]1kgで23peso(約600円)くらい。この間バーベキューをやったら散々食べて1人500円くらいでした。安!!でもアルゼンチン人はバーベキューをやるとき、お肉を一人当たり1.5kgで計算するというからすごい。うーん、アルゼンチン人、いつもどのくらいのお肉を食べているの?すごいなぁ・・・。まぁ、柔らかくてジューシーで美味しいので、ついつい食べ過ぎてしまう気持ちも分からなくないけれど。
しかもワインも安くて美味しいときたもんだ。10peso(260円)くらいでも結構美味しいワインが飲めるので、毎日のようにワインを買っては飲み比べです。最近はお気に入りの銘柄ができました。
こちらブエノスアイレスでは常に胃袋がフル活動で空腹がありません。いつも誰かさんがステーキを美味しそうに食べて、その横で誰かさんはワインを飲んで酔っ払っています。

番号アディオス 南米! [2009年3月 アルゼンチン]

コロンビアのボゴタに着いたのが去年の9月1日。かれこれ7ヶ月間近く南米を旅しました。南米はお互い一番行きたかった大陸なので、終わってしまうと本当に寂しいです。アジアのゆるい空気の中でのらりくらりと旅をしていた頃と違い、確かにいつも緊張感の中で旅をしていたけれど、それが「旅をしているなぁ」と感じさせてくれた日々でした。
日本にいた頃の距離感覚が、いつの間にか南米感覚に。10時間の移動なんて当たり前、20時間以上の移動を繰り返し旅した南米。バスからアンデスの景色や大草原を見ると常々「南米にいるんだなぁ」と感じました。
見たことのない大自然に感動し、南米の都会も楽しみました。
日本人宿が多いので、たくさんの旅人と楽しい時間を過ごせました。
7ヶ月も旅をしたのに、それでもやり残したことは多々。旅はキリがないです。
しかし世界一周が目標なので、次の地へ行きます。次の場所も頑張ります!!

番号アフリカの夜は危ない [2009年3月 南アフリカ]

アフリカへ行ったことのある旅人は、南米よりアフリカの方が危ない目にあうことはなく結構安全だ、でも絶対夜だけは出歩いちゃいけないと言います。
それは夕方になるとお店が閉まってしまい、人通りが激減!雰囲気が急転し、恐喝や強盗が増えるわけです。納得。
南米でさえ夜にレストランへ行ったり、遊びに行ったりしていたのに、夜に限ってはアフリカの方が全然雰囲気悪いです。こわ!
が、しかしこの間の金曜の夜にドミ部屋にいたときのこと。
外人に「金曜の夜だというのに、遊びに行かないのかい!?」と言われました。私達は「夜は危険だと聞いたから外には出ないよ」というと、「確かに安全ではないけれど、うーん・・・僕の国にはもっと危険な場所があるからなぁ。」と香水をつけまくって笑顔で「じゃぁ、行ってくるねー!」と出て行きました。そういえば、夜中に帰ってくる人って結構多いなぁ。
自分の国の方が危険だから、全然大丈夫と夜中まで遊びまくる外人と私達日本人。
そんな時、改めて日本の治安の良さを実感するのでありました。

番号サービス大国の日本を実感 [2009年3月 南アフリカ]

領事館で運転免許証の翻訳証明書を申請すれば、南アフリカとナミビアで運転ができるというので(国際免許証は期限が切れてしまった)、先日日本領事館へ行ってきました。そこでパスポートを渡したのですが、返してもらうのを忘れて帰ってしまい後で電話をしたら、「こちらのミスです。申し訳ございません。」と。 忘れて帰ってしまったこちらも悪かったのですが、すぐさま私達が泊まっていたバックパッカー宿に出向いてパスポートを届けてくれました。
これって普通じゃんと思う方、甘い!!
これまで旅をして、たとえ自分たちに非がなくても、「あっそ、だから?」とか「土日はやってないから週明けに取りに来て」だったりとか「まだない」とか、しまいには「わからない」とか。そりゃもう、サービスなんて皆無な感じの対応ばっかり。
だから当たり前だけど、なんだか日本人の対応に久々に触れて、とても感動したのでありました。
日本がサービス大国だと言われている理由が、海外にいるとよーくわかります。

番号移動中のトラブル [2009年4月 ザンビア]

移動中のトラブルは結構あります。パンク、バースト、エンスト。海外の特に発展途上国は「その時走ればOK!」という感じなので、そんなのばっかりです。旅の初めの方はバーストで停車しただけでドキドキしていましたが、アジア、南米を終え1年以上旅をしていると、もう慣れました。
未舗装道路でパンクが3回続いても、
どこだか分からないような大草原の真ん中で動かなくなっても、
朝6時発なのに3時間出発が遅れた上に、途中動かなくなっても、
慣れちゃうものです。
大体現地の人が「あ、またか。大丈夫よ、なんか車は来るから」という感じです。 ここアフリカではエンスト中、外に出ていた女性たちが音楽を聴きながら踊っていました。それを見ていて「あぁ、アフリカだなぁ」と再び思うのです。そのトラブルも旅の面白さでしょうか。でも、事故だけは勘弁ですが。
ひとまず予定7時間程度の短い移動でも、結局何時間かかるかわからないので水と食料は常備です。

番号かつら文化 [2009年4月 ザンビア]

黒人といえばチリチリの髪質のイメージだったのですが、歩いていて意外とストレートヘアの人が多いと感じます。茶髪や金髪に染めていたり、パーマをかけている人もいます。
が、その謎が解けました。
みんなかつらだったのです。
バスに乗って出発待ちをしていると、物売りがどんどん入ってきてその中にはかつらを持った人が。前の席の人がソバージュヘアだったのに、ボブヘアに変身しました。そういえば、斜め前の女性も髪形が変わってる・・・。その人はかつら屋だったのです。黒人はストレートヘアに憧れていると聞いた事があったけれど、かつらをかぶってオシャレをしているようです。
かつらを付け替えしている様子を撮ろうとしたら、怒られちゃったので写真はありませんが、満席のバスの中でおばちゃんがくしで髪型を変えている様子は結構ウケました。

番号アフリカの食について[2009年4月]

南アからリビングストンまでは、毎日のように自炊が出来たので料理をしていましたが、ルサカから北は自炊が出来なくなったので毎日地元食を食べています。
といってもアフリカの料理の種類は乏しく、チキンかビーフ、ポテトフライ、ウガリ、ちょっと高いレストランに行くと米。他には都会にはソーセージがあったくらいで、本当に毎日同じようなものばかり。野菜も極端に少ないです。
はっきり言って超飽きます。
インドの文化が入ってきているタンザニア、ケニアになればカレーも食べられるそうですが、それでもアジア、中国、メキシコのような食の感動はないし、南米よりも単純で質素です。
まぁしょうがない。だってここはアフリカだもん。
アフリカは疲れる移動が続くし、食がワンパターンなので、何人かに「アフリカはきっと痩せる旅になるよ〜」と言われました。
が、しかし何でも食べられる私にとっては、痩せるアフリカというよりも逆に太るアフリカ。
疲れと食に飽きて食欲がなくなるということは全くなく、毎日油ギッシュな料理をもりもり食べています。
嫁はどんどんたくましくなり、夫は食の満足を紛らすためにビールばっか飲んで、ビール腹になりつつあるアフリカの旅です。

番号オバマさんは黒人のヒーロー[2009年5月]

この間バスで隣りだった人の携帯をふと見ると、待ちうけ画面がオバマさんの写真でした。
アフリカでは、オバマさんTシャツ、オバマさん柄の生地、オバマさんポスター、オバマさんの本、しまいにはバスのボディにもオバマさんなど、アフリカなのにオバマさんの顔をよく見かけます。
ターミナルでバスを2時間待っていたときには、チケットオフィスのおっちゃんがオバマさんの写真が載っている新聞記事を読んで、次のページにいったかと思ったらまた戻って、読み返してを数回繰り返していました。あ、あれはただ単に暇なのかな。
オバマさんは、アフリカの黒人たちのヒーローなのかな。オバマさんアフリカ人から大人気です。

番号アフリカの最後はナイロビダウンタウンの暴動騒ぎ[2009年5月]

出発日当日の出来事。
食事をして宿に戻る途中、先に歩いていたマサが突然「アユミ!!」と叫んできました。えっ?何ー?と横を向くと、目の前でどう見てもなんか悪い雰囲気。そういえばいつも人がごった返しているのに、道路に人が少ない!
その瞬間これはヤバイと気付き、3人ダッシュでホテルへ逃げ込みました。
ホテルの屋上からこっそり覗いてみると、これはヤバイ!!
普段走らないスローリーアフリカ人は猛ダッシュで逃げていき、危ない集団は持っていた石などを車に向かって投げまくり。フロントガラスは割れるし、何も知らずに窓を開けたまま通ってしまったセダン車は無理やり車を停めさせられ、窓からボコボコにされていました。
ちょっと、ちょっとーこれから空港に行くのに、これじゃぁ外にも出られないじゃないの!!
大規模な暴動ではなかったけれど、本当に怖かったです。
当たり前ですが写真なんか撮っていられません。目の良いアフリカ人に見つかったら、とてつもなく危険です。 その後警察が来たので、集団は一斉に猛ダッシュで逃げていきました。
日本と違って警察は簡単に発砲するだろうから、銃撃戦にならなくて本当に良かったです。
なんか警察は「またかー」という感じで追っていったし、現地人はしばらくすると普通に歩いていたので、要するにこういうのって結構あるってこと?
無事に空港へ行けましたが、最後がアフリカで一番ドキドキしました。

最近のナイロビは以前に比べたら安全になったと聞きましたが、やっぱりここはナイロビ。そしてアフリカ。
ナイロビへ行く人はよーく気をつけてください。

昨年の今頃は四川の大地震だったし、世界を旅しているといろいろなことが目の前で起こるものだなぁと、つくづく思ったアフリカ最終日でした。

>