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2009

真夏の遺跡巡りはフラッフラ

国/トルコ【43ヶ国目】 滞在地/セルチュク【124ヶ所目】

■世界遺産じゃないけれど歴史のある立派な遺跡

トルコの地球の歩き方を見ると見所だらけでとても迷います。
しかしトルコの後も遺跡だらけだし、世界屈指のきれいな海である紅海にも向かうので、行きたいところを絞ることにしました。
その数ある見所の中で一番気になったのが『エフェス遺跡』。古代の売春宿の広告が残っているそうで、「古代広告かぁそれは珍しい」とイスタンブールからバスで12時間かけてセルチュクという町へ行くことにしました。
エフェス遺跡は紀元前11世紀頃に建設され、紀元前6世紀頃には交易で栄え、その後も長い間繁栄した町です。当時はすぐ近くが海だったというから歴史がとにかく古い!遺跡はローマ帝国時代のものだそうですが、ちょうど同じ頃日本はどんなんだったっけ?と考えたら、この付近の文明の早さを改めて実感しました。この頃の文化や生活は、世界中に受け継がれていますね。
しかし・・・古代広告のある付近は修復中で入れず・・・。汗だくになりながら無念でした。
他にも神話だか実話だかよくわからないけれど、エフェスはあのマリア様が余生を送った場所だそうで、聖ヨハネ教会へも行きました。
トルコの昔ながらの家屋が立ち並ぶシリンジェ村へも行きました。この町はなかなか見所が多い!

とにかくエーゲ海に程近いセルチュクの夏の暑さは半端じゃありませんでした。体力には自信のある私でしたが、無風状態の炎天下、しかも日陰があまりない遺跡で久々にフラッフラ。かつてブラジルとボリビアの国境付近の湿地帯で、炎天下で荷物が重すぎて(当時前後合わせて27kg以上)倒れそうになった以来です。この先が思いやられるなぁ・・・。
この先も神話なんだか実話なんだかよくわからん話だとか、キリスト教とイスラム教がゴチャゴチャしてくる歴史や遺跡が続くので、地球の歩き方に載っている歴史ページやウィキペディアなどを読んでいるのですが、「あーこんな人の名前、高校の歴史で出てきたな・・・。うーんたしかこうだったなぁ・・・でも全然忘れてる!」と何度も読んではやっぱり眠くなってしまいます。

《アユミ》

■案外楽しいぞトルコ

到着した日、セルチュクの町では毎週土曜日に開催されるという、この小さな町にしてはかなり大きなマーケットが開催されていました。宿のおばちゃんに「今日は野菜や果物が安いんだよ」と教えてくれました。
果物は思ってる以上に安かったので、さくらんぼとスイカと最近はまっている杏子のドライフルーツを購入しました。ドライフルーツを買うとき、店のおばちゃんが満面の笑顔で接客してくれたのが印象的で、少ししか買わないのにいろいろ試食までさせてくれました。なんだか普通のことだけれど、こういった田舎の温かい感じが久しぶりでとてもうれしくなりました。
市場帰ってから考えてみると、そういえばトルコって親切であったかいなぁと思いました。
トルコが始まったばかりの頃は警戒してたせいもありウザったいなんて思ってたのですが、この日の店のおばちゃんも、イスタンブールで道を教えてくれた人も、自然にそうやってくれてると思うとこの国の人たちは根っから親切なのかな?と思いました。
最初は親しくしてくる奴はなんだかんだしゃべって最終的には絨毯を売りつけるんだろ!なーんて思ってたのですが、今のとこそういう人たちには会わないし、絨毯屋に話しかけられたときも彼が日本に行ったときの自慢話のみで、絨毯を買ってくれなんて話には一度もならなかったので案外悪い奴ばかりでもないんだな、と思うようになりました。
トルコが少し楽しくなってきました。

《マサヒロ》
ホテル情報
交通情報
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ポイント
masa テンション
★★★★☆
アイスを食べ過ぎておなか壊した
ayumi テンション
★★★★☆
スイカ食べ過ぎておなか壊した
【治安】小さな町。イスタンブールに比べてのーんびりしていて人もとても親切だった。
【物価】イスタンブールに比べて宿代はだいぶ安くなった。食事代はあまり変わらない。
【交通】遺跡やシリンジェ村へはドルムシュに乗っていく。どちらも片道2TYL
【食】毎週土曜日は朝から夜8時過ぎまでマーケットで賑わう。野菜や果物がかなり安く買える。しかもとても美味しかった。地元の人が行くような軽食屋もたくさんあり、食べるところには困らなかった。
メモ
【真夏の遺跡めぐり】
かなり暑い。水は500mlじゃなくて1.5lくらいあったほうが良い。しかも日差しもかなり強いので要注意。折り畳み傘があったのでちょっと助かった。
日本人ツアーに紛れてガイドの説明を聞いてしまいましょう。
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